“Do It Again!” ライレージム京都

ランカシャー“キャッチ・アズ・キャッチ・キャン”レスリング道場です。

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ライレージムへの道 7 「イギリスの家庭」

連れて行かれたのは、ロイ・ウッド宅だった。
SBSH0064.jpg
当然だが、ホテルやB&Bとは全く違う雰囲気だ。

壁には、家族の写真に、レスリングの写真、暖炉もあり、いかにも西洋の家という感じだった。

いろいろレスリングに関する写真や資料を見せてもらい、話もいっぱいしてもらったが、当時の私の英語力では、ほとんど理解できなかった。

SWSにコーチとして横浜に招かれた時の話をしたのは、よく覚えている。
ここへ来るきっかけにもなった、その時の雑誌記事のコピーも日本から持ってきていたので。

また、地元ウィガンの新聞でもそのことが取り上げられていた。

当時、日本のUWFについては知らないであろうロイ・ウッド先生が、チキンウィング・フェースロックをかけている。

この地に伝わる、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンの技だということが、
理解して頂けると思う。

ちなみに、現地でのこの技の呼び名は、チキンウィング・フェースロックではない。

他にもUWFなどでよく見られた技で、ウィガンでは別名なものが多々あるが、
何故なのか理由は知りません。

Ros新聞convert_20081023041351

夕食までご馳走になった。
一般的に評判の悪いイギリス料理だが、まだ滞在3日目。
ボリュームがあって、美味しかった。

しばらく休憩して、「行くぞ」とジムに連れて行かれた。
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  1. 2008/10/23(木) 02:43:57|
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ライレージムへの道 6 「Roy Wood」

何とも言えない、グリーンのジャケットに身を包んだ、穏やかな感じの人だと思った。
奥さんも、優しそうで、すごく良い感じの人だ。

2日前にイギリスに着いて以来、会う人全てが初対面で、英語での自己紹介も慣てきた。

やっと手紙を見てもらいたい人に見せれた。

内容は、
「私は日本から来た、プロレスファンで、ランカシャーレスリングを習いたくて来ました。
ビリーライレージムが復活して欲しいと思ってます。
今回は、2週間後に日本に帰りますが、またここに戻ってきて、長期滞在して習いたいです。」

というものだった。

“ビリーライレージムが復活して欲しいと思っています”
ロイ・ウッド先生に初めて会った時に伝えた言葉。

14年後に、自分のジムを持ち、先生にこの名前を付けてもらえるとは、当時は想像もつかなかった。

しかし、ぼんやりとではあるが、そういうことも夢見ていたと思う。

手紙を読み終えると、先生は、ニコッと笑い「OK,OK」とだけ言って、あまり、あれこれ質問してこなかった。

もちろん、みんな仕事中なので、私はまた紅茶をよばれながら、一人ポツリとオフィスに座っていた。
みんなが、気を遣って、代わる代わる私に話しかけたりしてくれる。

仕事が終わり、ロイ・ウッド先生に呼ばれて、どこかへ行くことになった。
  1. 2008/10/17(金) 00:06:07|
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プロフィール

松並 修

Author:松並 修
ライレージム京都 代表

1971(昭和46)年 京都生まれ

1993年から、日本とイギリスを何度か
往復し、ロイ・ウッド氏のもとで、約3年、
ランカシャー“キャッチ・アズ・キャッチ・
キャン”レスリングを学ぶ。

1999年からは、ビル・ロビンソン氏の
指導も2年以上受ける。

2007年に京都市山科区に自らの道場を
設立する。

同年4月、道場を訪問したロイ・ウッド氏に
より、まだ名前の無かった道場が、
“Riley Gym Kyoto”と命名される。

伝説のレスラー、ビリーライレーの
正統派 “CATCH-AS-CATCH-CAN”
の継承を目指しています。

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