“Do It Again!” ライレージム京都

ランカシャー“キャッチ・アズ・キャッチ・キャン”レスリング道場です。

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ライレージムへの道 13 「地元新聞」

地元の夕刊紙、
「Wigan Evening Post」 の記者だった。


ロイ・ウッド先生は、ビリー・ライレーの後継者として、
地元では、ちょっとした有名人である。

しかし、何故か、私も一緒に写真におさめられ、
少し、インタビューも受けた。


出来上がった新聞を見ると...

驚いたことに、私の話が中心だった。

それに加え、私がここに来る1週間ほど前に、
先生の教え子たちが、
レスリング全英選手権でたくさんのメダルを獲得したことが
載っている。
新聞縮小
遠い異国の地から、ある日本人が、ウィガン伝統の、
ランカシャー“キャッチ・アズ・キャッチ・キャン”レスリングを
習いに来たと紹介されている。

数日後、
ロイ・ウッド夫妻は、エジプトに旅行に出かけた。

残り2、3日は、ダランと二人で家で過ごすことになった。

ちなみにウッド家には娘さんもいるが、当時は大学生で、
ウィガンから離れた町に住んでいたのでこの時は会わなかった。


天気が良く、暖かい休日
ダランが、
「ちょっと出かけよう。」
と言ってきた。

近所を散歩か、買い物かと思いきや...

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  1. 2009/01/14(水) 18:08:49|
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ライレージムへの道 12 「ちびっ子レスリング教室」

イギリスの小学校に入った。

子供たちが不思議そうに、私をみつめていて、口々に何か聞いてくるが、
子供の話す英語はさらにわからない。

先生に、「手伝ってくれ」と言われ体育用具倉庫に行った。

マットを体育館に敷くためだ。
そう、小学校でレスリング教室をやっているのだ。

この地で、ビリーライレーのレスリングの灯をたやさないよう、
ロイ・ウッド先生はこうやって、週2回、仕事の合間にこのような活動をしている。


この時はマットの出し入れしか役に立てなかった。


しかし、後に長期滞在するようになってからは、もちろん毎回、私も一緒に教えるようになる。

マットの出し入れは先生が来るまでに済ませ、先生が技の見本を見せるのに、小学生が相手だと小さすぎるし、思い切って投げたり出来ないので、いつも技を受ける役になった。

これが今となっては私の大きな財産だ。ビリーライレージムのレスラーの技を何百回、何千回と受けたことになる。

小学校での練習後、また外回りの仕事。

夕方にロイ・ウッド家に戻ると、すぐに来客があった。

本格的なカメラを持った男性だった。
  1. 2009/01/02(金) 12:25:22|
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プロフィール

松並 修

Author:松並 修
ライレージム京都 代表

1971(昭和46)年 京都生まれ

1993年から、日本とイギリスを何度か
往復し、ロイ・ウッド氏のもとで、約3年、
ランカシャー“キャッチ・アズ・キャッチ・
キャン”レスリングを学ぶ。

1999年からは、ビル・ロビンソン氏の
指導も2年以上受ける。

2007年に京都市山科区に自らの道場を
設立する。

同年4月、道場を訪問したロイ・ウッド氏に
より、まだ名前の無かった道場が、
“Riley Gym Kyoto”と命名される。

伝説のレスラー、ビリーライレーの
正統派 “CATCH-AS-CATCH-CAN”
の継承を目指しています。

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