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京都の家を出発してから、合計24時間以上かかり、ようやくマンチェスター空港に到着した。
1993年5月8日のことである。
現在は電車一本で行けるが、当時はバスと電車を乗り継いで、
目的地の“ウィガン”に辿り着いた。
日本で予約しておいたホテルへ向かい、長旅の疲れと時差ボケからその日はとりあえず寝ることにした。
翌日からいよいよ、“ビリーライレージム”、“アスプル・オリンピック・レスリング・クラブ”、
“ロイ・ウッド” 探しの開始。
チェックアウトする前にホテルで尋ねたが、全く情報は得られなかった。
ウィガンの街中へ行った。
日曜日だったので、ほとんどの店は閉まっていて静まりかえっていた。
その日泊まる安いB&Bも探したかったので、イギリスでは、ほとんどの街の中心部には必ずある、
Tourist Information (観光案内所) に行ってみた。
そこで、アスプル・オリンピック・レスリング・クラブの場所を聞いてみたら、電話番号はないので、はっきりとしたことはわからないが、おそらくこの辺りだろうという場所と、そこへの行き方を教えてもらえた。
意外とあっさりとわかった。
どんなことでも、やってみることだ。
この街の様子から、日曜はジムも開いてなさそうだなと思い、その日は
ブラブラ散歩し、初めて見る海外、イギリスを楽しんだ。
とにかく建物一つとっても、見る物すべてが新鮮で、ただ景色を眺めているだけで面白かった。

B&Bの1階は、パブになっており、日本の居酒屋とは全く雰囲気が違い、
英語もわからず、戸惑ったが、気軽に話しかけてくれる人がたくさんいて、
すぐに安心できた。
次の日こそ、ロイ・ウッドさんに会える。
でも、会ってうまく英語で話す自信がないので、
自分が何者なのか、何しに来たのかを、手紙にしようと、
辞書を片手に深夜まで書いていた。
- 2008/07/07(月) 02:44:47|
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| コメント:1
おもしろいです!
話の展開が楽しみになってきました。
是非、そのときの写真なんかも添付してもらえたら・・・
次回を楽しみにしています。
- 2008/07/10(木) 10:02:28 |
- URL |
- JOE #.J5jKSco
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