“Do It Again!” ライレージム京都

ランカシャー“キャッチ・アズ・キャッチ・キャン”レスリング道場です。

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ライレージムへの道 30 「達人を目指して2」

“人間風車”ビル・ロビンソン

この人の指導を受ければ、オリンピックのメダリストであろうが、
プロのトップクラスの選手であろうが、誰もがその技術の凄さに“衝撃”を受けるであろう。

そのロビンソン先生でさえ、ダントツで最強レスラーと断言する
“ビリージョイス”

想像を絶する技術だったに違いない。

興味深い話がある。

ビリージョイスは、始めから何でもすぐにこなせた、天才レスラーではなかったらしい。
むしろ、若い頃は、ビリーライレーによく怒られていたそうだ。

それが、ある時“何か”を掴んだかのように、急激に強くなり始めたということだ。
30歳をゆうに過ぎていたという。

一人で何人も相手に、何十分もスパーリングを続ける。
スパーリングをしても、体には全く力が入っていなく、
相手の力を利用して技をかける。


常に「脱力」だったのだろう。


しかし、ロイ・ウッド先生がポツリとこんなことを言っていたのを覚えている。

「もし、力比べしたとしても、ビリー・ジョイスが一番強かったんじゃないかなぁ…」


さらに、ビル・ロビンソン先生からも、こんな話を聞いたことがある。
「ビリー・ジョイスに思いっ切り掴まれた時は、タコの吸盤に吸いつかれたかのように、絶対に離れなかった。」
joyce.jpg
力があったからこそ、脱力できたのだろうか?
力がなくても、同じことはできるのだろうか?
力が強かったというより力の使い方、出し方か?

どういう感覚だったのだろうか?

試合映像などは残っていないと思われる。
例え、映像が残っていたとしても、見えないものだろう。

見た目の技だけではない、感覚的な“何か”があったことは間違いない。

ビリージョイスさんは2000年に亡くなられた。

おそらく今は、ロイ・ウッド先生、ビル・ロビンソン先生の2人にしかわからないことだと思う。


いくら考えてもわからないことだが、これだけはハッキリしている。

とにかく、ひたすら考え続け、ひたすら練習を繰り返す。

私にもビリー・ジョイスのような達人になれる可能性があるとすれば、
それが唯一の方法だと思う。
  1. 2011/01/24(月) 14:26:14|
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コメント

あきらめない
生きる為の鉄則
  1. 2011/01/25(火) 23:03:50 |
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プロフィール

松並 修

Author:松並 修
ライレージム京都 代表

1971(昭和46)年 京都生まれ

1993年から、日本とイギリスを何度か
往復し、ロイ・ウッド氏のもとで、約3年、
ランカシャー“キャッチ・アズ・キャッチ・
キャン”レスリングを学ぶ。

1999年からは、ビル・ロビンソン氏の
指導も2年以上受ける。

2007年に京都市山科区に自らの道場を
設立する。

同年4月、道場を訪問したロイ・ウッド氏に
より、まだ名前の無かった道場が、
“Riley Gym Kyoto”と命名される。

伝説のレスラー、ビリーライレーの
正統派 “CATCH-AS-CATCH-CAN”
の継承を目指しています。

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